つめあと13~生きるために寄り合う二匹。扉一枚隔てた向こうには生きるすべを失って、蝕まれている人間がいる。ユウさんはいつから幻影をみていたのだろう。亡くしてしまったかけがえのない人を心が受け入れられなくて、そうしているうちに体も受け入れられなくなってしまったのかもしれない。 でも、私にはどうすることもできない。私だって、その日その日をやり過ごすのに精一杯なのだ。 ユウさんの下着を取り替えながら、涙がでてきた。老いに蝕まれることは悲しい。失ったものを取り返せないのも悲しい。私も幻影でも見てみたい。 元野さんが、練習を終えて、お見舞いに来た。 「どうですか?」 「よくない。熱も下がらないし、息も苦しそう。もう少し待って熱が下がらないなら、車呼んで病院に連れて行くつもり。」 「ユウさん、死んじゃうのかな。」 私は、とっさに怒ることも、たしなめることもできない。私だって思っていた。 「わからないよ、私たち医者じゃないんだし。」 「仏壇の写真の人、リオさんに似ているね。」 不意に元野さんがいった一言で、弾けるように私は後ろに振り返った。 私はすこし笑っていった。 「元野さんにも似ているよ。自由と芸術がすきな流されない意思の人みたいな。」 「朝灯さんはユウさんににているよ。」 「どういうこと?」 「ネコと昼寝と掃除がすきでしょ。」 「車、出すならリオさん呼んでこなくちゃ。」 「オレ、その間見てますよ。」 リオさんの部屋は2階の角。 ドアをたたくと、あっさり出てきた。 「ユウさんを病院に連れて行きたいので車、出してもらえませんか?」 リオさんは、すぐ頷いて、鍵をとりに部屋の奥に入っていった。 「しばらく乗っていないから、探さなくちゃ、免許証も。ちょっと中に入って待っていてください。」 リオさんがこのあさひ荘に暮らして、もう何年になるだろう。最初に鍵を渡したとき以来、初めて入った。 自分の好きなことで身を立てている男性の部屋。すこしの薬品くささと、やわらかなアロマオイルの香り。 無造作にソファにかけられた、大きなボタンダウンのシャツ。たくさんの写真。ハチ、キジコ、うすしま、グレシマ・・・ その中に、見たことがある写真。 私だった。 ネコたちと遊んでいる私、砂場を掃除している私、ユウさんとひなたぼっこしている私。 もう、両親が死んでから、本気で笑ったことなんてないとおもっていたのに、写真の私は、リラックスして本当に楽しそうに笑っている。 私の失っていた笑顔・・・ そして、リオさんが鍵を探している小さなキャビネットの上に、額縁で丁寧に飾られた女性の写真。穏やかな笑顔。 「リオさんの彼女ですか?」 リオさんの動きが止まった。 「妻だった人です。もういません。」 「ご、ごめんなさい。いやなこと聞いてしまった・・・かな?」 「いいえ、もう過去のことですから。車、すぐに出せますよ。」 リオさんはかけてあったシャツを羽織って玄関に向かった。 あわてて、私も後を追った。 出るときにもう一度あの写真を、見た。 思ったより古い写真だった。 |